正直者でも嘘をつく

「そんなこと、自分は絶対に経験していないはずなのに」
なぜか頭の中では鮮明にその体験が蘇る。実際には起きなかった出来事を、まるで現実のように記憶してしまう現象を「フォルスメモリ(偽記憶)」と呼びます。
大きな嘘をつくつもりはないのに、思い込みや周囲の情報によってまったく違う記憶が植え付けられたり、あるいは自分の脳が勝手に物語を創り上げてしまう場合もあるのです。
一見すると「そんなレアなこと、滅多にないんじゃ?」と思いがちですが、フォルスメモリは誰にでも起こり得る身近な現象。
では、なぜこうした「ありもしない記憶」が成立するのか?
それを理解する鍵は、そもそも私たちの記憶がビデオカメラのように正確ではないという点にあります。
フォルスメモリの基本メカニズム
まず、フォルスメモリとは「実際には起こっていない出来事を、自分の体験として強く確信してしまう」状態を指します。
ここで重要なのは、本人がウソをつこうとしているのではなく、本気で「それが事実だ」と信じ込んでいること。
心理学的には、フォルスメモリは「記憶の再構成性」が招く代表的な例と考えられています。
私たちが「覚えている」と感じる出来事も、脳内では 断片的な情報 をその都度取り出し、いま持っている知識や感情、思い込みなどを総動員して再構築しているに過ぎません。
この柔軟さは、創造力や学習能力を高める反面、「本当は何が起きたのか」を正確に思い出す保証にはならないのです。
むしろ、思い込みや誤情報を混ぜ込みやすい、というリスクさえ存在します。
記憶はなぜ「再構成」されるのか?
ビデオ録画ではなくストーリーを紡ぐ
人間の脳は、外部から入る膨大な情報をそのまま保存できるわけではありません。
必要そうな部分だけを抜き出してざっくり保存し、あとで呼び起こすときにストーリーとして再構成するのです。
この仕組みにより、私たちは膨大な情報を効率よく扱える半面、都合よく省略や補完を行うため、事実と異なる箇所が生まれやすくなります。
再記憶化(リコンソリデーション)
また、一度覚えたことでも想起するたびに再び不安定な状態に戻り、再固定(リコンソリデーション)が行われるという特徴があります。
このとき新しい情報をインプットされると、古い記憶痕跡が更新されてしまい、結果的に改変された記憶として定着する可能性が出てくるのです。
感情のインパクトと誤情報
感情が強いほど記憶は鮮明になると言われますが、鮮明さと正確さは別問題です。
衝撃的な出来事ほど「フラッシュバルブ記憶」のように鮮やかに思い出せる反面、微妙な部分が誤って混入していても本人は気づかないことが多いのです。
脳は生々しさと正確性を区別せず、どちらも「信憑性が高い」と錯覚してしまう場合があります。
フォルスメモリが生まれる要因
誤情報効果
有名な現象として「誤情報効果(misinformation effect)」があります。
目撃証言などでも、後から第三者に「あのとき、赤いシャツを着ていた人がいたよね」と言われると、本当は青いシャツの人しかいなかったのに、いつしか「赤いシャツの人がいた」と記憶してしまうことがあるのです。
先入観・期待バイアス
「こうであってほしい」「こうだったに違いない」という先入観や期待が働くと、実際の出来事を補正してしまいます。
たとえば、友達との旅行を想像するとき、自分の頭の中でいかにも楽しそうなシーンを勝手に作り上げて「あれは事実だ」と感じてしまうケースも珍しくありません。
集団的な思い込み(集団偽記憶)
SNSなどで多くの人が「あのとき〇〇があったよね」と話題にすると、やがて「自分も見た気がする」「確かにそうだった」という認識が広がり、実は誰も体験していない事象を共有してしまうことがあります。
人間は集団の声に合わせやすい社会的動物であり、その同調性がフォルスメモリをより強固にすることがあるのです。
どう対処する?現実を見極めるヒント
記憶への過度な自信は捨てる
まず、自分の記憶が常に正しいと思いすぎないこと。
人は誰でも記憶違いを起こします。
「こうだったはず」と断言したくなる気持ちを少し抑え、自分の記憶にも揺らぎはあると考えておくと、余計なトラブルを回避しやすくなります。
追加情報を受け取るときは慎重に
「そういえば〇〇って言ってたよね?」といった、他人からの後出し情報に安易に飛びつかないように。
思い出そうとした瞬間が記憶を書き換えやすいタイミングなので、その際に間違った情報を入れないよう注意しましょう。
可能なら複数の証拠を確認する
大事な場面の再検証では、写真や動画、客観的な記録などを活用し、多角的に事実を確認すること。
証拠がない場合でも、複数の人からの証言を集めてみるだけで、大きな食い違いが判明するかもしれません。
冷静な自己観察を習慣化する
フォルスメモリをゼロにするのは難しいですが、普段から「私は今、どんな思い込みをしていないか?」と自分に問いかけるだけでも、微妙な誤解に気づくきっかけになることがあります。
少し距離を置いて物事を俯瞰する癖をつけると、記憶の歪みをチェックしやすくなります。
まとめ:柔軟さゆえの危うさ
⭐️ フォルスメモリ(偽記憶) とは、存在しない出来事を本当にあったと信じてしまう現象
⭐️ 記憶は再構成されるものなので、後から情報が混じったり感情によって書き換えられたりしやすい
⭐️ 誤情報効果 や 期待バイアス、集団的同調などが原因となって偽の記憶が形成される
⭐️ 大切なのは、記憶に絶対の自信を持たず、客観的証拠 などを活用しながら慎重に事実を検証する態度
最先端の脳科学が進んでも、私たちの記憶は不確かさを内包しています。
しかし、その柔軟さこそが創造力の源であり、人間らしさとも言えるでしょう。
必要なのは、脳の再構築という性質を理解し、自分自身の記憶に対して過度に確信を持たず、真偽を検証する習慣を身につけること。
「フォルスメモリは誰にでも起こりうる」そのことを知っておくだけでも、余計なトラブルや思い込みから自分を解放してくれるはずです。
それでは、今日も1日、最高に楽しく生きましょう!