五感を刺激する音の魔法

ミスタープロ野球こと長嶋茂雄さんが逝去したというニュースが列島を震撼させました。
私は長嶋監督としてのミスターしか知らない世代ですが、その時代をリアルタイムで知る人たちは皆口を揃えて言います。
「野球を日本の国民的スポーツにしたのは長嶋だ」と。
私にとってのミスターは、スーパースターというよりも、『プロ野球珍プレー好プレー』でお茶の間に笑いを届けてくれた軽妙なトークの人。
選手に「グッと力を入れて、シュッとバットを振って、カキーンとやればホームランだよ」とアドバイスして困惑させるという、微笑ましい姿が印象的です。
けれどこのグッ、シュッ、カキーン!。
一見ふざけて聞こえるこのアドバイスが、実は科学的にも理にかなっているとしたら?
今回は、そんなミスター的表現が持つ驚きの力、「オノマトペ(擬音語・擬態語)」の脳科学的メカニズムと、学習や記憶、感情、やる気にどう働きかけるかについて、丁寧に紐解いていきます。
オノマトペとは?
「オノマトペ」とは、音や動き、感情を言葉で“音っぽく”表現する、日本語特有のリズミカルな語彙群のこと。
たとえば「ドキドキ」「ワクワク」「キラキラ」「ガシャーン」など、文字から音や情景が直感的に伝わる言葉たちです。
日本語にはこのオノマトペが数千語も存在するとされ、幼児語としてだけでなく、漫画や広告、文学や日常会話まで、あらゆる場面に登場します。
そして何より注目すべきは、これらの言葉が単なる飾りではなく、人間の脳や心に強く働きかけるチカラを持っているという点です。
長嶋監督の「グッと」「シュッと」「カキーン!」もそう。
これらの音のイメージは、論理や理屈を超えて、脳と身体に直接アプローチする音のメンタルモデルと言っても過言ではありません。
脳はオノマトペをどう受け取るのか?
通常、言葉というのは音と意味の間に恣意性があります。
たとえば「椅子」という言葉には、音と意味の間に直接的なつながりはありません。
しかし、オノマトペは違います。
「ザラザラ」「ピカピカ」などのように、音自体が意味や感覚を喚起する音象徴性を持つのです。
科学的根拠:脳内での処理の違い
脳画像研究では、オノマトペを聞いたときに言語野に加えて、
- 聴覚野(音を処理)
- 運動関連領域(動作のシミュレーション)
- 感覚野(質感や動きを連想)
などが同時に活性化することが分かっています。
このことから、オノマトペは言語というよりも「感覚」と「行動」に近い、五感に働きかける言葉であることが明らかになっています。
長嶋さんが感覚的に発していた「グッ」「シュッ」「カキーン!」は、まさに脳を動かす魔法のキーワードだったのです。
記憶力アップに効く音の刻印
オノマトペは、記憶に残りやすいという特徴があります。
これは、音のリズムや繰り返しのパターンが脳に刻まれやすいから。
たとえば「カチッ」と鍵を閉めるときに口に出すだけで、後から「あ、鍵かけたな」と思い出しやすくなる。
これは聴覚と動作を連動させることで、脳内にマルチモーダルな記憶痕跡を残しているからです。
さらに、「ドキドキ」や「ニコニコ」などのオノマトペは、感情記憶と強く結びついています。
九州大学の研究では、オノマトペが記憶の呼び水となり、直近の出来事を想起しやすくなる効果も報告されています。
子どもの学習を助ける「ことばの補助輪」
子どもたちは、言葉を覚えるとき、最初に「ワンワン」「ブーブー」などのオノマトペから言語世界に入っていきます。
この音で伝える言葉は、
- 感覚(視覚・聴覚・触覚)
- 感情(楽しい・怖い・嬉しい)
- 動き(速さ・重さ・形)
を直感的に伝えてくれるため、理解が早く、定着しやすいのです。
我が家での実践
私も3人の子どもと日々接する中で、
- 「バチンと閉めてね」
- 「トントンと優しく叩こうね」
- 「グーンと背伸びしてごらん」
といった言い回しを自然と使っています。
特に幼稚園児の末っ子は「ピカピカにする」などの言葉に反応が良く、掃除や片付けが遊びになる感覚すらあるようです。
また、子どもたちが通っている絵画教室の先生も、よく「スーッと線を引こう」「クルッと回してみよう」といった言葉で指導されています。
先生いわく、こうしたオノマトペを交えた伝え方をすることで、子どもたちの手の動きが明らかにスムーズになるのだそうです。
高齢者にも効く、魔法の掛け声
オノマトペの力は、子どもだけでなく高齢者にも有効です。
認知症予防の体操でも、「グーンと伸びて~、ポンッと戻すよ!」などの掛け声を入れると、参加者の反応が目に見えて変わるといいます。
効果の背景
- 動作にリズムがつく
- 感覚的な理解がしやすい
- 発声による口腔機能の活性化
介護の現場では、複雑な説明よりも「ズンズン」「パッ」といった短く覚えやすい音が、行動を引き出すトリガーとして機能します。
また、童謡や遊び歌のオノマトペを一緒に歌うレクリエーションも、言語・感情・運動系の広い領域を刺激してくれるという報告があります。
オノマトペが生むやる気と集中のスイッチ
オノマトペの力は、行動のきっかけを生み出すだけでなく、実際の身体的パフォーマンスにも影響を与えることがわかっています。
たとえば、ある実験では握力測定において、「力を入れてください」と指示されたグループより、「グッと強く握ってください」とオノマトペを使って指示されたグループの方が、明確に高い握力数値を記録したという報告があります。
これは、オノマトペによって動作のイメージが鮮明になり、脳から筋肉への指令がより効果的に伝わるからだと考えられています。
脳科学者・篠原菊紀氏の研究によれば、オノマトペを使って「これからやること」をイメージすると、脳の線条体が活性化し、やる気スイッチが入ることが確認されています。
たとえば、
- 「サッと机に向かって」
- 「パッと資料を広げて」
- 「ビシッと集中して」
と唱えるだけでも、行動の準備状態に入るのです。
これはミスター長嶋が言っていた「グッと」「シュッと」「カキーン!」と全く同じ発想。
音のリズムとイメージが一致すると、脳はすでに動いているつもりになる。
それが実際の行動への弾みになるのです。
まとめ:音は、感覚と行動をつなぐ「もう一つの言葉」
「グッと、シュッと、カキーン!」
ミスターの言葉には、オノマトペが持つ本質が凝縮されていました。
⭐️ 聴覚・視覚・触覚など、脳の複数領域を同時に活性化する
⭐️ 記憶に残りやすく、学習・動作・感情表現の理解を助ける
⭐️ 子どもから高齢者まで、世代を超えて効果を発揮
⭐️ 「やる気」や「集中力」まで引き出す、行動を促すスイッチになる
⭐️ 教育・医療・日常会話など、あらゆる場面で活用できる言語ツール
今日からぜひ、「コツコツ」「ワクワク」「シャキッと」暮らしてみませんか?
音のチカラで、行動が変わり、毎日がもっと楽しくなるはずです。
それでは、今日も1日、最高に楽しく生きましょう!